昨日、初代『Number 』編集長の松尾さんと電話で話ました。
松尾さんは、2002年秋に80歳で毎朝20km走ってる
ランナーの青木壮太郎さんの取材撮影にライターとして来られ、
ご一緒に仕事をさせて頂きました。
雑誌の副編集長からライターに松尾さんが来るとお聞きしたので、
撮影に行くのを気合いを入れて楽しみにしてました。
『Number 』は私も憧れてたグラフィックマガジンです。
二日目の早朝のランニングは午前4時からはじまりました。
約20kmを走り終えたゴールの御自宅近所の清滝寺で、
副編集長からメインカット候補の写真を撮るように指示を受けていた。
清滝寺に到着した時は光線状態がよくなかったので、
アングルの確認だけ行い、光線待ちをさせてもらうお願いを
青木さんと松尾さんにして許可を頂く。
目上のお二人を待たせるプレッシャーを感じながら一時間まったが、
一旦、朝食を取ってもらってからもう一度撮影することにした。
全ての撮影を終了して清滝寺を後にした車中で松尾さんが
「いい写真家の条件に粘り強くあきらめないというのがあるけど、
高野さんはその条件はクリアしてますね。」
とお褒めの言葉を頂けて最高に嬉しかった。また
「いつでも東京に来られたら編集部を紹介します。」
とも言ってもらえた。
それから二年。松尾さんの直接知ってる人はもう編集部にいないとのこと。
「強い情熱さえ持っていれば、必ず扉は開かれます。頑張って。」
と言葉を頂いた。嬉しかった。
青木さんは55歳から走りはじめ、
フルマラソンの自己最高が3時間19分。
80歳で100kmマラソンを走り、農業も現役です。